1994年の金融の自由化とは?何が変化したのか?漫画で解説

金利
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1994年に、金融が自由化されました。

これによって何が変化したのでしょうか?

高校生が抑えるべきポイント

テスト出ててくるのは、「日本銀行からお金を借りなくなった」というポイントです。

銀行というのは、お金がたくさんある場所です。

それでも、お金が足りなくなる時もあります。

そんなときは、昔は日本銀行からお金を借りていました。

しかし、今は、日本銀行からお金を借りる必要がなくなりました。

銀行どうしでお金を貸し借りするのがOKになったからです。

ちなみに

日本銀行からお金を借りる時の金利を公定歩合と言います。

銀行どうしで貸し借りする時の金利をコールレートと言います。

日本銀行とは、子ども向けにいうと「銀行のトップ」です。

今までは、トップからお金を借りるしかありませんでした。

しかし、1994年に、金融が自由化されたことで、銀行どうしでお金を貸し借りしていいよ、ということになりました。

これにより、トップからお金を借りなくて良くなったのです。

金融の自由化をする前は、公定歩合が大きな存在でした。

しかし、金融が自由化した後は、コールレートが大きな存在になりました。

じゃ、何が変わったの?

じゃ、これで、何が変わったのでしょうか?

それぞれの銀行が金利を決めるようになったのです。

ここでいう「金利」は、銀行がお客さん(国民)にお金を貸す時の金利です。

それが、それぞれの銀行によって、バラバラに決めるようになったのです。

そうなる理由を、順番に説明します。

まず、銀行は、よそからお金を借りています。

昔は、日本銀行

今は、他の銀行です。

日本銀行からお金を借りてた頃は、金利は決まっていました。

銀行Aも銀行Bも同じ金利で、日本銀行からお金を借りていたのです。

公定歩合が同じ金利なので、銀行が国民にお金を貸すときも、だいたい相場が決まってきます。

銀行Aも銀行Bも、同じ金利で、国民にお金を貸していたのです。

公定歩合が使われてた頃は、どの銀行でお金を借りても、ほぼ同じ金利でした。

銀行の金利は、国が決めていたので、私たち国民が銀行にお金を預ける時も、どの銀行にお金を預けても、ほとんど同じ金利だったのです。

しかし、自由化の後は、それぞれの銀行が金利を決めるようになりました。

金融が自由化したので、それぞれの銀行が、金利を自由に設定できるようになりました。

金融が自由化したことで、銀行どうしは、競争するようになりました。

よりたくさんのお客さんにお金を貸せたら勝ちです。

それぞれの銀行が金利を決めるようになった

金融が自由化したことにより、それぞれの銀行が金利を決めるようになりました。

これによって銀行どうしが競争するようになりました。

よりたくさんのお客さんにお金を貸せたら勝ちです。

また、お客さんは、金利が安い銀行からお金を借りようとします。

そのため、それぞれの銀行は自分の金利をできるだけ低くしようと努力します。

こうして、銀行どうしは競争するようになったのです。

これにより、お客さんを集めるために努力するようになり、サービスがよくなりました。

例えば

・ATMが便利になった

・ネット銀行が生まれた

・夜でも使えるサービスが増えた

一方で、景気をコントロールする方法は変わりました。

景気をコントロールする方法は、政策金利です。

昔は、政策金利が公定歩合でしたが、今は、コールレートになりました。

政策金利

次に、政策金利という言葉を説明します。

政策金利とは、日本銀行が作る「目標」です。

「金利の数字を○%にする」と作った目標のことを政策金利と言います。

「政策」とは、「政府が作る作戦」「政策が作る計画」ということです。

金融が自由化する前

1995年まで、日本の政策金利は公定歩合でした。

国の偉い人たちは、公定歩合の数字を高くしたり、低くしたりすることで、景気をコントロールしていたのです。

どのようにやっていたのか説明します。

公定歩合は、日本銀行が決めます。

公定歩合を、高くしたり、低くしたり、調節しています。

それでは、公定歩合を高くした場合は、どうなるでしょうか?

公定歩合が高くなると、銀行は、国民にお金を貸す時の金利を高くするようになります。

金利は、国民にとっては「払うお金」です。

そのため、金利が高いときは、お金を借りる人が減ります。

次に、公定歩合を下げる場合を見ていきます。

公定歩合が低くなると、銀行が国民に貸すときの金利も低くなります。

国民にとってはおトクな状態になるので、お金を借りる人が増えます。

そのため、世の中に出回るお金も増えます。


日本銀行が金利を強くコントロールしていたのです。

金融が自由化した後

次に、金融が自由化した後はどうなったのかについて説明します。

1994年に金融が自由化しました。

それまでは、銀行は日本銀行からお金を借りるしかありませんでした。

しかし、金融が自由化したことで、銀行は、銀行どうしでお金を貸し借りするようになりました。

金融が自由化した後も、銀行は、日本銀行からお金を借りることはできます。

しかし、公定歩合は、高いです。

一方で、コールレートの方が低いことが多いです。

そのため、銀行は、日本銀行からお金を借りるのではなくて、銀行どうしで貸し借りすることが増えました。


銀行同士が「いくらで貸す?」「じゃあこの金利で」と自由に決めるようになりました。

こうして、金融が自由化した後は、コールレートが政策金利になりました。

コールレートが高いか低いか、というのが、景気を左右するようになったのです。

おまけ

今回、金利が3種類出てきました。

①日本銀行と銀行の間の金利のことを「公定歩合」といいます。

②銀行と銀行の間の金利のことを「コールレート」といいます。

③銀行と国民の間の金利のことを「銀行の金利」または「預金金利」といいます。

景気が良くなるかどうかは、銀行の金利がカギとなっています。

銀行の金利が低くなれば、銀行からお金を借りて、買い物をする人が増えるからです。

そして、銀行の金利をコントロールするのが、政策金利です。

昔は、政策金利は、公定歩合でしたが、いまは、コールレートになりました。

金融の自由化で何が変わったのか

金利を、国が決める時代から、銀行どうしの話し合いで決まる時代に変わりました。

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