新古典派のルーカスは、合理的期待を使った理論を発展させました。
・適応的期待(ケインズっぽい考え方)
・合理的期待(新古典派)
この二つを比較してみていきます。
政策
政府は、物価を上げたり下げたりするチカラを持っています。
それを「金融政策」や「財政政策」と言います。
しかし、それで効果があるのか、というのが今回のテーマです。
適応的期待
物価が上がったときの違いを見ていきます。
「商品が高く売れているけど、給料はそのまま」というのは、企業にとっては、ラッキーです。
入っていくお金(売り上げ)は増えて、出ていくお金(給料)が少なくて済むからです。

物価が上がるというのは「高くても売れる」という状態のことです。
高くても売れるとき、売り上げが増えるので、企業は儲かります。
売り上げが増えた時は、もっと多くの人を雇います。
「適応的期待」の場合は、このまま景気が良くなります。
合理的期待(新古典派)
一方で、人々が「合理的期待」をすると、別の世界線になります。
物価が上がったとき、労働者たちは「損をしている」と感じます。
なぜなら、給料が変わらないのに、物価だけ高くなれば、生活が苦しくなるからです。
そのため、「賃金をあげてくれ」と抗議をします。
企業は、労働者の要求を飲んで、物価が上がったぶん、同時に給料を高くすることになります。
企業にとっては、「プラマイゼロ」です。
そのため景気が良くならないのです。

余談ですが
日本では「給料上げてください」とストレートに言う人は少数ですが
アメリカでは、「賃上げを直接・個人で要求する」ことが一般的です。
物価が上がると分かっているとき、あらかじめ「給料は高くしてくださいよ」と採用時に交渉するのだそうです。
労働者のリアクションの違い
「適応的期待」と「合理的期待」では、労働者のリアクションが変わります。
「適応的期待」は、物価が上がっても、特に何も考えません。(損をしてることに気づきません)
しかし「合理的期待」では、物価が上がると、損をしていることに気づいて「給料の交渉をしなきゃ」と考えるのです。

損をしていることに気づくかどうか
物価が上がると、労働者は損をします。
それは、どういうことでしょうか。
例えば、ある日、物価が上がって、パンが100万円になっちゃったとします。そして、給料の金額が今までと変わっていません。
これは「実質的に」生活が、貧しくなっているのです。

ここで出てくるのが「名目賃金」と「実質賃金」です。
物価が上がったとき、「名目賃金」は変わっていませんが、「実質賃金」が下がっています。
名目賃金と実質賃金
名目賃金は、もらったお金そのものの金額です。
例えば、給料が10万円なら、その数字そのものが、名目賃金です。
一方で、実質賃金は、そのお金でどのくらいモノが買えるか、ということを考えた数字です。
その給料で、どのくらいモノが買えるのでしょうか。
これは、物価が高いか、低いかによっても変わります。
実質賃金は、物価の影響を受けるのです。
- 名目賃金:給料の「数字」
- 実質賃金:そのお金で買える「量」

物価が上がれば、自動的に、実質賃金は下がります。
両方とも、実質賃金が下がっているのですが
それに国民が「気づくかどうか」で、世界線が別れます。

左のオレンジの方は、人々は、給料の金額の「数字」にしか注目しないと考えます。
一方で、右の水色の方では、人々は、給料の金額と物価の「両方」に注目すると考えます。
その給料でどれだけのモノを買えるのか?が大事なのです。
買える量が増えれば、生活は豊になります。
買える量が減れば、生活は貧しくなります。
「物価」と比べて「給料が高いかどうか」が、実質的な生活の豊かさであると、合理的な人は考えるのです。

もし、労働者が左のオレンジ色のリアクションをしてくれたら、企業はラッキーです。
実質賃金が下がった状態で、人を雇えるからです。
しかし、右の水色の人のように、労働者が「給料を高くして」と要求したら、企業にとっては、利益がありません。プラマイゼロです。

物価が上がり、実質賃金が下がる
物価が上がった時の状況を企業目線で考えてみます。
物価が上がっているので
- 商品の値段は上がる(売上は増えやすい)
- でも給料はまだ上がっていない
これは、 人件費が“相対的に安い”状態になります。

一方で、労働者目線で考えると、
適応的期待の人たちは、「給料は変わっていないからOK」と思ってしまいます。
(=名目賃金で判断しています)
実質的に、貧しくなっていることに気づきません。
そんな状態だと、企業としては、ラッキーです。
実質的には安く雇えるからです。

企業からしてみれば、人を安く雇えて、商品を高く売れるなら、人を雇いたいです。
こうして、一時的に、雇用が増えて、景気が良くなります。
貨幣錯覚
ルーカスは、インフレの時に一時的に景気が良くなったと勘違いすることは「貨幣錯覚だ」といいます。
一時的なラッキーにすぎないのです。

物価が上がれば、企業は、「商品の需要が増えた」と勘違いします。
そのため、たくさん商品を作ります。
そして、商品をたくさん作るために人を雇います。

この時期は、短期的に失業者が減ります。
貨幣錯覚に陥っている間だけは、失業率が低下するのです。

貨幣錯覚とは、物価が上がったことで「生産物への需要が増えた」と勘違いすることです。
しかし、しばらくたつと自分の勘違いに気づき、生産量を元に戻します。

つまり、結果的に生産者が生産量を変えることはないため、失業率は下がらないのです。
貨幣錯覚に陥ってる間は失業者が減りますが、しばらくすると、再び失業者が増えます。
貨幣錯覚は、一時的なので、長続きしないのです。
合理的期待形成仮説とは「国民は未来を予想して動くから、金融政策や財政政策は効果がない」という考え方です。
ルーカスは、財政政策は、短期でさえ意味がないと、主張しました。


